ピエール・タ・モン『医者と殺人者 ロンブローゾと生来性犯罪者伝説』

 隔世遺伝と退化の副産物、生来性犯罪者

 生来性犯罪者と精神薄弱者、猿、「原始人」、ヒト属の動物(当時その遺骨の発掘が始まっていた)を近づける形態学的特徴がきわめて多かったので、ロンブローゾはその生来性犯罪者を、進化論についてのダーウィン理論、退化のついてのモネルの理論に結び付けようとは考えなかった。当時彼らの理論は人間博物学の既存のデータをことごとく覆していた。
この広い視野からすれば、「本能的犯罪者」とも呼ばれるようになっていた生来性犯罪者は、隔世遺伝の「副産物」つまり一種の後ろ向きの淘汰の有害な結果であり、人間と獣との恐るべき雑種、すなわち起源をたどれば遙かな暗い過去にさかのぼる退行の刻印をもつ人間ということになるだろう。この穴居人、つまり誤って文明の世界にまぎれこんできた生きた化石は、犯罪を犯す傾向や流血を好む反社会的本能をもっているが、それは動物の遺伝的特性を避けられなかった先祖の不完全な身体の記憶と名残から来るものなのであろう。

 ここでロンブローゾがダーウィンの思想に言及したとしても、犯罪者の発生をつかさどる淘汰は、あの残忍さにあふれた生存競争を思い出させはしない。保存の本能によって導かれるこの競争は、進化論の父が自然淘汰のメカニズムの基礎としたものである。逆に同一の種の内部においては、これは反社会的闘争となり、その目的は食物を獲得し、他人を支配し、人生を享楽し、女を所有することである。
 生来性犯罪者の身体構造の異常と同じくその行動も、幼児期に成長が止まったために起こる退化の経過の病的な結果といえるだろう。さて、よく知られているように、ロンブローゾにとって、狂気と犯罪の萌芽は通常は子供に見られるのであり、ちょうどそれは、大人になってからは奇形となるいくつかの形態が、発芽の状態で見いだされるのと似ている。けれども、子供というものはいくらでも完全になる可能性があり、また文明牡界は野蛮な民族の知らない善意の観念を子供に教えこんで、隔世遺伝の名残を粉砕してしまう。この名残があったら、場合によっては子供は流血を好む原始人になってしまったかもしれないのだ。ルソーはかつて、人間は生まれつき善良であり、社会が人間を堕落させると言った。ロンブローゾならば、人間は生まれつき悪であり、社会が人間を善良にすると言うことができただろう。
 数年後に、フロイトが子供には多様な倒錯があるという考えを提唱するが、前述の概念はこの考えをそれなりに先取りしたものと言えないこともない。ここから、犯罪者は一種の「大きな子供」ではないかという考えがでてくる。つまり、退化症候群によって精神構造の成長に衝撃を受け、肉体の発達についてゆけなくなった人間ではないかというのである。


 ■ロンブローゾの犯罪人類学
 精神病・遺伝・未開人・原始人への先祖帰り
  → 犯罪者?天才?


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