三国志に登場する人物の中で、今の私たちにも最もその内面を理解し易い人物は、この曹叡ではないでしょうか。謀略により母を失い、母を謀殺した父と皇后によって育てられる・・・幼い日の曹叡の心の内の煩悶はどれほどのものであったでしょう。想像に難くありません。「陛下が母親を殺されました。子を殺すなんて、ボクにはできません・・」曹丕に泣きながら訴えた彼の心の深い傷を思うと心が痛みます。
曹叡には心から接し会える人間がいなかったのかもしれません。彼が最も信頼した司馬懿は、実際は政権簒奪の機会を狙っていただけで、言うなれば彼を利用していただけでした。無理な宮殿造営や無体な皇后への賜死にも朝廷の官たちは誰一人彼を諫めようとはせず、曹叡はあたかも孤独な独裁者のようでした。しかし、そんな彼も未亡人、独り者の老人、孤児らに穀物を下賜するような優しい一面を時折見せます。それらは孤独な幼少時代を送った曹叡の、過去に対する仕返しであり、また償いであったのかもしれません。
曹叡は独裁の末に多くの人間を殺してしまいます。その結果、彼は自分のしてしまった残虐な行為とそれを行った自分自身に対する恐怖から病の床に着いてしまいます。眠る彼の瞼の裏には殺した宮人や皇后の姿が現れ、命を返せと彼に迫ったと伝えられています。彼の病は一行に好転に向かわず、結果三十六歳という若い身空で命果ててしまいます。その臨終の時、彼は息子の曹芳と司馬懿を呼び、司馬懿に後事を託すと息子の手を取って寝台の側に来るように命じます。しかし、曹芳は司馬懿の首に抱きつき、曹叡の側に近づこうとはしませんでした。やがて意識は薄れていき、曹芳の方に手を差し伸べて指さしつつ、そのまま息絶えてしまいます。父親に母親を殺され、自らも皇后を殺した曹叡。結果的に自らの子供にまで、自分と同じ宿命を背負わせてしまった彼の最期は、本作品で、最も鬼気迫る描写といっても良いのではないでしょうか。
今回はとても真面目な解説だったので、とても疲れました・・・。 |